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イヤイヤ期 Terrible Two

イヤイヤ期。

それは、急にやってきた。

一歳7ヶ月くらいだろうか。「着替えようか」というと「しない」と言うのである。

「お散歩行く?」「ちやう(違う)」

「ベビーカー乗る?」「ちやう」


タイミング的には、今までやっていた事をやめて他の事をしようと言った時に多い。「(そろそろ保育園行くから)靴下履いて」と言うと「しない」と言う具合だ。

二歳手前と言うと、ある程度内容のあるおしゃべりが出来るようになって、教育テレビの体操なんかが真似出来るようになる頃だ。今までは時系列が理解出来なかったが(例えば、保育園を退園したあとに、◯◯先生と何して遊んだの?と聞いても回答がない)、記憶から出来事を引き出して喋ったり暗記した内容で絵本を読んだ(ふりを)する。


突然やってきたイヤイヤに面喰らったが、嫌だ嫌だと言われるうちに、これは成長過程の予定された現象なのではと思い始めた。イヤイヤをすることによって、他者との関係性を構築しているのでは。犬がじゃれることで力加減を覚えるように。


イヤイヤがハードな時は、親である私も怒る時が

ある。「そんなにパジャマがきたくないならもう捨てちゃうからね」年端もいかない子にそんな残酷な事を言って本当にゴミ箱に捨ててみた事があった。

一瞬押し黙って考えたのち、ゴミ箱からパジャマをそっと取り出した。さっきまで着たくなくて叩きつけていたパジャマなのにだ。そしてなにも言わず、パジャマを着る事を受け入れ、全て着た後にハグをした。それなりにしんどかったのだろう。


自己の意見を主張し、他者の意見を否定するのは自己と他者が別の人間であることを受け入れることだ。イヤイヤで意見を主張すれば、それは親と自分がある意味では他人であることを受け入れる大切な人間的な過程だ。

イヤイヤが独立した人間となる為に成長する最初のステップと思えば、恐ろしい絶叫も少しは笑って見守れるようになるかもしれない。